抑鬱になった経緯|静かに壊れていった理由

この記事は、私が抑鬱(よくうつ)状態になった経緯について書いたものです。

「始まり」は静かに。 ~まだ動けていた頃の生活~

収入は安定してきたけれど。

相変わらず夜は遅くなりがちで、仕事のリズムは不規則だった。

会社員のお仕事の出勤は、朝の5時~9時とまちまち。

表向きは、普通だった。

少し心配性だが、まじめな会社員だったと思う。

小さな違和感は、日々オフィスで生まれていった。

パワハラ、休日連絡の強制、休憩時の労働、いじめ。

もやもやと気になるが、もめて大事(おおごと)にする気はなかった。

「古い会社だから」と虚しく諦めていたが、場面を見かけるたびにギュッと握られるような感情になり悲しかった。

そんな違和感が、みて見ぬふりされて日常化していた。

無理することが普通だよ? ~沈黙の臓器 心~

いつの日からか。肩や腰が痛みはじめた。

疲れが取れない。

眠れないし、睡眠時間をとっても眠気がとれない。

常にうっすら体調が悪い状態が続いた。

感情はないが、はりつけた笑顔で社会人としての明るい対応はできていた。

つらくても不思議と自動応答できるので、まあいいかと放置していた。

やりがいのない現場に、燃え尽きたような感覚だった。

日によって、鈍い感覚がざわざわ震えて「帰りたい、悲しい」と感じた。

いつも、仕事を休む・早退する理由を探していた。

決定的な瞬間。 ~会社にいけなくなった~

きっかけは、信頼していた友人Aの裏切りだった。

もともと不安が強かった私は、精神的にAに依存していた。

いまでも同じような状況になるとトラウマのように不安になってしまう。

裏切りの日、涙が止まらなかった。

会社のデスクに出勤して、同僚に声をかけられる。

本当に不思議なのだが、いつものように笑顔で対応できた。

心は消えていて、頭はぐるぐると考えることが難しかった。

こんなにつらいのに取り繕うことができるんだ、と無心で考えていた。

翌日、会社を休んだ。

抑鬱(よくうつ)と診断された日 ~気づいた瞬間~

心療内科をすすめてきたのは、奇しくも友人Aだった。

わたしは共通の友人に「消えたい、いなくなりたい、涙がぽろぽろこぼれる」と泣きついた。

すると、看護師のAが私に打ち明けてくれた。

「わたしは看護師だから夜路の心(鬱)がわかるけど、普通の人はびっくりしちゃうよ。心療内科を紹介するからいってみな?」

そういえば、前々からAは私に病院を勧めてくれていた。

一緒に行こうね?と誘ってくれたこともあった。

その日、心療内科にたどり着くのは意外と簡単だった。

心が消えた笑顔の自動応答で受付して、待合室で涙がまたこぼれる。

安定しない自分の感情がわからず、混乱して潰れそうだった。

両手をずっと握りしめたせいで、掌が白くなっている。

抑鬱(よくうつ)状態と診断され、1か月の休職が決まった。

ぐるぐるまわる頭の中で ~その頃と今まで~

ぐるぐる。

何も考えられないまま、時間が過ぎる。

頭の中は、重たい生コンクリートをミキサーがぐりーっと回しているようだった。

ただ、それでも依存している友人Aからの返信だけはすぐに返信できた。

友人Aと会って、薬のことや抑鬱の診断を伝えた。

落ち着いたし、裏切られても嫌いにはなれなかった。

「わたしはずっとそうだとおもってたよ。夜路はずっと希死念慮(きしねんりょ:死にたいと思うことの専門用語)があるし。」Aが教えてくれた。

振り返れば、消えたいと思うことはずっとあった。

学生の時には、メンタルアンケートの「死にたいと思うことがある」項目にチェックをつけてカウンセラーさんに呼び出された記憶がある。

夜の仕事をしているときも、いまでも死にたいと思う。

突発的に苦しくなって、自分で首を絞めて意識を失うことはよくあった。

友人Aは話を聞いてくれていたが、自然と聞いてくれていたので普通のことだと思っていた。

兆し(きざし) ~心と働き方~

休職して2週間で、心はだいぶ落ち着いた。

薬と休養と睡眠と。

友人Aへの距離感も、見つけはじめている。

ただ、今の仕事は続けられない。

抑鬱を通して、心をすり減らさない生き方を考えることになった。

心をすり減らさない働き方は、別の記事で紹介する。


🌙 静かな相談室

夜の仕事、心の消耗、働き方、言葉の整理。
静かに話を聴いています。